vol.4 水平磁気記録(長手磁気記録)

2013/06/14

いよいよ磁気記録の具体的な説明に入ります。磁気記録の歴史は、100年以上前に始まり、西暦1900年のパリ万国博覧会に於いては、記録媒体に鋼鉄線(ピアノ線)を用いた磁気録音機のデモンストレーションが行われた記録が残っています。この時に用いられたのは、細いピアノ線をリールからリールへ送りながら、その間に設置された磁気ヘッドで着磁する方式だったのです。ですから、現在も存在するテープレコーダと比べても、テープの代わりにピアノ線が使われているだけの違いでしかありません。水平磁気記録はその時から使われている訳ですから、既に100年以上の歴史を持っていることになります。

そして、細かい技術的な改善を除けば、データを書き込まれる磁気媒体だけが、針金から磁性体粉末を塗布したテープ、そして真空蒸着による薄膜へと進化を遂げて来たと言っても良いのかも知れません。

1.水平磁気記録、磁気ヘッドの基本構造と記録原理

上図はハードディスクドライブ(HDD)の、水平磁気記録方式の場合の構造を模式的に示したものです。いかがですか。これで安定した磁気記録が出来るのでしょうか。実際にこの方式がつい最近まで主流であった訳ですから、間違いなく使えていた訳なのですが、HDDの場合は、図にあるようにヘッドが浮上しているので、色々と問題が起こりやすい状況の中で、微妙なバランスによって成り立っているのです。この図をみると、コアにはN、S双方向の磁束が流れるので、一方向に磁化され難い「軟磁性体」、記録膜は磁化されることで記録が成立するので磁化が容易な「硬磁性体」が必要とされることが理解できると思います。

では、何故HDDは微妙なバランスであるのか、考えてみましょう。

・テープやFDDの磁気回路:

HDDを除いて、ヘッドと記録媒体は密着しています。記録媒体の記録膜の裏側に存在する基材は、プラスチックフィルムが使われているので、その裏側から圧力パッドなど(両面式のFDDの場合は反対面用のヘッド、VTRの場合は送り側のテープリールにブレーキを掛けることによって発生する張力など)の力を借りてヘッドと記録膜とを密着させているので、巻線と書き込み電流で作られた磁束は、左右のコアを通り、ギャップ部分は磁束が通過しにくい(空気は磁性体よりも磁束を通しにくい)ので、より磁束が通過し易くコアと密着している記録膜(硬磁性体)を通過して磁気ループ(回路)が完成する。このとき記録膜を通過する磁束がその飽和磁束密度(前回の記事を参照)より大きければ、記録膜の飽和磁気記録が成立する。

・HDDの磁気回路:

HDD以外の場合と全く同様に、巻線と書き込み電流で作られた磁束は、ギャップ部分までコアに導かれて来るのですが、コアがギャップを持っていると共に、コアと磁性膜との間にも隙間(ヘッドの浮上量、プラッタ表面の保護層など)が存在するので、その磁束を全て記録膜に導くことが出来ないのです。

コアによって導かれてきた磁束は、①ギャップを超えて真っ直ぐ反対側のコアへ通過する磁束と、②ギャップ部分の空間の飽和磁束密度を超過したため、やむを得ずギャップの外にあふれ出した磁束に別れ、更に、②の磁束のうち、③ギャップからははみ出すが、記録膜を通らずに反対側のコアに戻ってしまう磁束(磁界)と、④コアと記録膜の間の隙間を通って記録膜を通り、再度記録膜と反対側のコアの間の隙間を通って反対側のコアに戻る、「本当の記録磁束(磁界)」に別れてしまい、④の「本当の記録磁束」だけしか有効に働かないのです。ですから、温度や気圧の変化などによってヘッドの浮上量に違いが発生しても、記録膜の着磁状況が変動することに成ってしまうのです。

ここで、疑問として、HDDは飽和磁気記録だから、ヘッドで充分に強い磁界を発生させることが出来れば、問題は解決できるのではないか。と考える方がいるのではないかと思いますが、飽和磁気記録であっても、ヘッド出力波形のA-D変換で成立していることを思い出してください。磁極の強さの変化するスピードが変わると、出力波形が変化し、A-D変換時の閾値(微分定数や積分定数)を変えないと、エラーが発生する原因になるのです。

この様にHDDの水平磁気記録方式は、テープやFDDで用いられている、ヘッドと記録膜が密着した安定した磁気回路と違い、ヘッドのギャップを通過できずに外部にあふれ出す、いわば漏洩磁束と呼んで間違いの無いような磁束を利用しているのです。ですから図の様に、コアの形状(断面積)を巻線部分からギャップに向かって徐々に絞り込み、ギャップ部分であふれ出す磁束と、ヘッドの浮上量を正確に管理すること、の2点が絶対的な条件として必要であり、それを実現するためにはヘッドの物理寸法精度が厳しく要求されるのです。厳密には、以下の項目になります。

①ギャップの断面積

  • ギャップの幅(データの記録されるトラックの幅でもある)
  • ギャップの上下方向の深さ(ヘッドの書き込み特性を決定するパラメータ。他に関係する項目は存在しない)

②ギャップの長さ
(距離)(データの書き込み密度の決定要因)

③ヘッドの浮上量(空力)に影響する外形形状

そして、これらの誤差を吸収するための調整項目が、ヘッドに流す書き込み電流(Iw)で、浮上量が大きい場合や、ギャップの断面積が大きく、記録膜を通過する磁界が小さくなってしまう場合には電流値を大きく、逆の場合には小さくすることで最適値とすることが出来ます。勿論、ヘッドの要因だけではなく、例えばプラッタの記録膜(磁性体)の厚さによっても、記録磁界の磁束密度が変化するので、実際のHDDに於いては、ヘッドとプラッタのランク分けを行い、その特定の組み合わせに対して、特定のファームウェアで対応するという手法で解決しているのです。